主の小道

第7回目



人の思い、神の守り

・・・主が、アブラハムの妻、サラのゆえに、アビメレクの家のすべての胎を固く閉じておられたからである。(創世記二〇・一八)

この章で起こったようなことをアブラハムは前にもしています。一二章です。行った先が飢饉だったので、アブラハムはエジプトに逃れた。妻のサラは美人だったので、そのため災いのおこるのを恐れた彼は妻に、自分は彼の妹だと言わせたのであす。
今度のところではアブラハムは百才、サラにしても九〇才ですから同じ性質の危険にさらされていたのかどうかとくには分からないが(四節を見るとそのように見える)またもや自分の妹だと偽るのです。
当時は他人の妻を狙ったり、その理由で夫を殺し、財産をうばうのはよくある当り前のことでしたので防御手段だったのでしょう。実際サラは腹ちがいの妹なので、そう言って歩いた習慣上今回もそうしたのかも知れません。こんな危険な時代に住んだら私たちならどんな態度をとるでしょう。
しかし、人間の思いわずらいを越えて神の守りはあるのです。ましてアブラハムは神がその将来について約束し、はっきりした計画をお示しになっている人物です。どんな無防備な時でも神が「城であり、盾」となって下さる筈です。
一二章の時でも、「主はアブラムの妻サライのことで、パロと、その家をひどい災害で痛めつけ」られたのでした。ここでも彼らは神の手によって固く防御され、サラを召しかかえたアビメレクには神が直接語られて彼が罪を犯さないように導いて居られたのです。
神は約束の中にある人を守られ、全てをよきに変わらせ、その約束を実行されるのです。
(ローマ八・二八)。この事を通し、祝福すら受けるのです。(一四〜一六)
(一九八一年三月一日)

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さてその次は・・

そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている・・・。
(ヘブル人への手紙九・二七)

世界のベスト・セラーといわれる聖書には多くの慰めに富んだ言葉や、示唆に富んだ言葉が沢山あります。
しかし、中にはあまり慰めにならない、冒頭にあげたような言葉もあります。
何時だったか信じられない話として友だちから聞いたのですが、列車の中で一人の青年と話していたところ、彼は正直に、自分が決して死ぬなどということはないと言ったそうです。
笑い話ではありません。元気で若さに溢れた青年には、それがたとえ真実ではなくても、ほとんど実感であったに違いありません。彼にとって死とは、もう一つの別の世界のことのようなのでしょう。
ですがこんな人は例外で、死はだれにも現実です。王様も乞食もありません。だれも逃げることはできません。
「人間には一度死ぬことが定まっているように・・・」。若者でも、ある日突然に誰かの死に巡り合い、そのことの現実に思わず唖然とするのです。ことによると彼自身が、その生命の真っ最中に、もぎ取られるようにして、亡くなっていくかもしれません。
どんな人でも、一度は必ず死にます。
しかも恐ろしいのは次に続く言葉です。死の確かさと同じくらい確かに、死後、さばきにあうというのです。聖書を信じない人には何でもありませんが、そうでないという保証は全くないのです。
次の言葉も聖書からのものです。「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。
(一九九二年三月一日)

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教会を築く者は

この奥義は偉大です。私は、キリストの教会とをさして言っているのです。
(エペソ五・三二)

パウロはこれまで夫と妻について話してきた。これならば誰にも分かる例えとなる。パウロは夫婦のあり方を用いて、キリストと教会について、その奥義について分からせようとしたのである。
ここで一つの真理が浮かび上がってくるようだ。教会を健全に立ち上げる人材は、その家庭をも間違えずに導くであろう。立派に家庭を治める人は教会において立派に信徒としてその分を果たすに違いない。
パウロはエペソ人への手紙で本当に主の業をなす教会に勧めている。それはまさに、良き夫婦関係の秘訣を言っているような気がする。
エペソ四・二を見てみるとまずクリスチャンは互いに忍び合う必要があると書かれている。互いに何々をし合うという書き方が続く。夫婦も教会も何かを仕合うところなのだ。
そうして成長する。
次はエペソ四・二五にこうある。クリスチャンは互いに肢体なのだから真実を語り合う。
本当のことでないと体が機能しない。
次に四・三二にあるように互いに親切にし、互いに許し合う。人間関係がキリストの愛によって支えられているわけだ。
次はエペソ五・一九で互いに語り合うことだ。人間関係がギクシャクするのは何かの関係で相手に自分の意志が十分に伝わっていないからなのである。
興味深いことがある。互いに語り合うことを「詩と賛美と霊の歌とをもって」せよとある。賛美歌を歌うことは自分の信仰をさらけ出すことなのだ。
最後がお互いに仕え合う(五・二一)ことである。どんなに意気込んでも人は人。仕える気持ちでなければやっていけない。一寸身のまわりを眺めてみよう。
(一九九六年三月三日)

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何を与えようか。願え。

神は仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」(第一列王三・五)

ダビデの子ソロモンは祝された王である。その祝された中にゆるみも見える不思議な王と言える。そのくずれは彼の子の代に来るが、彼は神のダビデへの約束の後に祝された王であろう。
神から「願え」と言われることは実に大きな特権である。しかも何を与えようか、願え。
というのである。祝福というものはこういうものである。彼は聖書によれば、主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいた。基本的な線において彼は神の祝される道にそって歩んでいたのである。この時も全焼のいけにえを千頭捧げたと言われている(三・三〜四)。
大変な犠牲である。神はこれに目をとめられたのであった。「あなたがたは与えられないのは御心にかなって求めないからだ」と、み言葉にある。神のみ心を行なう者は「あなたに何を与えようか。願え。」という主のみ声を聞く者であろう。
しかしこの時のソロモンの答えがまた、素晴らしい。「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えて下さい。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか・・・」。神が恵んで下さるものを、神のために使おうというのである。聖書は記す。「この願い事は主の御心にかなった」と。
ソロモンの知恵と富とはこの神の御心にかなった彼の祈りの結果である。自分のために長寿、富、敵の生命を求めず、神の道を歩むための、また、神の民を治める責任を果たすための判断力を求めた。そのため神は彼の求めなかったことまで与えられたのである。求めたことはもちろんのことだが。
何を与えようか。願え。このように神に言われる者、その願う所を信頼される者になりたいものである。マタイ六・三三。
(一九九〇年三月四日)

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神の教会

コリントにある神の教会へ。すなわち、私たちの主イエス・キリストの御名を、至る所で呼び求めているすべての人々とともに、聖徒として召され、キリスト・イエスにあって聖なるものとされた方々へ。(第一コリント一・二)

この個所から先週私は大変励ましを受けました。コリントの町は地の利を得て商業の盛んな、豊かな町でした。堕落した偶像崇拝も影響して風紀は著しく乱れていたのです。劇の中によっぱらいが出て来ればそれはコリント人という程でした。
コリントの教会の人々が救い出されたのはそのような土壌の中からです。クリスチャンになってもその悪癖は残り、教会は多くの問題をかかえるのです。それらの問題解決の指示がコリント書であります。彼はこの問題解決の糸口をどこに求めたでしょうか。叱責に値する多くの事がありました。しかし事実は一・一〜九にあるように始まったのです。
コリントの教会を神の子として位置づけるキリストの救いの御業に対する信仰(一〜三)、そしてコリントの教会が支えられていることへの深い感謝が筆からこぼれ出るのであります。
ここにはいくつかの学ぶべき点があります。
真の叱責はその叱責を受ける側の心の姿勢によって受け入れられもすれば地に落ちもするということです。
パウロは外側の人の如何を問わず神が救って下さった事実、神の教会に召し入れて下さったその召しの確実さを感謝しているのです。
この前提はコリントの人の大いに慰められた所のものだったのです。この手紙の内容の叱責はコリントの人々に心から受け入れられ、実を結ぶ結果となったのです。やはりコリントにある教会だったのです。
(一九九四年三月四日)

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十字架の息づかい

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。
(第一ヨハネ三・一六)

友達の牧師が聖書の三章一六節と題してそこから説教をして居られるのを見ました。確かに偶然ではありましょうけれども、面白い目のつけ所で、聖書はどこにも恵まれるところが満載されていると思いました。
特にヨハネ三・一六は第一ヨハネ三・一六の素晴らしさと共に心に残ったものです。愛の使徒ヨハネの味わい深い言葉だと思います。
ヨハネにとってはイエス・キリストの十字架の経験は実に忘れ難いものとして心に残りました。彼は十字架上のキリストと共に語り、その母を自分の母として託されたのです。
実に十字架の息づかいを聞いたのだと言うべきでありました。
実に「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました」とは、私たちが安易に口にする十字架以上のものを持っていたというべきでしょう。
はらの底から彼をゆるがした大事件であったのです。それに続く彼の言葉からもそれが分かるのです。「それによって私たちに愛がわかったのです」。
愛がわかる。これは小さな言葉ではありません。多くの人には愛がわかるとか何とか軽い気持ちで言うかも知れません。
しかしヨハネの分かり方にはただならぬ所があったのです。見て下さい。彼はこう言ったのです。「ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです」。
彼が分った愛とは友のために生命を捨てるというようなものです。ここにはただならぬものを感じるのです。彼も又、われわれと同じ人間であったことを思う時にはなお・・・。
(一九九五年三月五日)

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傷ついた御手をもって・・・

もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。(第一ヨハネ一・九)

この聖句は何と多くのクリスチャンを悔い改めに招いたことでしょう。弱さや罪、失望のどん底にあえいでいる者をどんなに慰めたことでしょうか。すでにキリストが私たちの罪のために犠牲となって十字架について下さったのです。私たちは、その血によって大胆にまことの聖所に入ることができる。イエスこそ真の祭司、全き信仰をもって、真心から神に近づくならば何も恐れることなどないのです。(ヘブル一〇・一九〜二二)。
この世にあっては傷つきやすい私たちです。道は備えられたとはいうものの、しばしばよそ見をし、また罪に染まってしまいます。それが悪魔のてだてだとは知りつつも、心は神から遠く離れてしまって救われ得ない悲しみが私たちをおそいます。そんな時に、この聖句がひびいて来るのです。「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら・・・」。
ああ、何と素晴らしい招きでしょうか。それはキリストをもう一度十字架につけるがごとき行為ではありますが、それでも憶面もなく自分の罪を言い表わしてわびると神はその手を広げて私たちを交わりに入れて下さるのです。七度の七十倍の赦しが私たちに圧倒的に迫ってくるのです。その時、我らは「天の父よ、アバ、父よ」と呼びまつり、悪からのきよめ、罪の赦しを確信し、開放と喜びに満たされ、二度と再び罪におちいるまいと決意し、清い思いで御前に再起をはかるのです。
十字架で傷ついた主の御手が私たちを助け起こし、御自分の痛みを通して我らにいやしを与えそれを喜びとされることを知るのです。感謝です。
(一九八三年三月六日)

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父の訓戒、母の教え

わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない。
(箴言一・八)

この頃、次のようなことを言って教会学校に子供さんを送ったりすることをしぶる親が多くなっているのが目立つ。「小さいうちに特定の宗教を強制するのはよくない。自分で判断が出来るようになるまで待つべきだ」。
何が特定の、強制してはならなぬ宗教か、又教会学校が強制を子供たちにしているかどうか。これは意見の分れるところである。
しかし、次のことは言える。
こういうことは時期を失するととんでもない事になる。信仰という心の感性に関する事は人がヴァイオリンなどを習う時のように母のゆりかごの中から聞かせるべきである。私はいまだに母の子守歌を思い出すと、あの短命だった母をいとおしく思う、ある感情が心をよぎる。
人を愛し、神をうやまう心は冷え切った鉄をたたくように、うまくいかない。あとでもいい事と順序として先でなければならない事と二つある。聖書には、神を恐れることは知識の初め(一・七)と書いてあり、そのことが初めに来るべき基礎的なものである事を言っている。
誰も屋根をふいてから土台を打つ者はいない。土台を先に、しかもガッチリ打つのだ。
キリストの教えは人をかたよった人間にはしない。今は競争社会の時代だから競争の相手をカワイソーに思ったり、商売で他人をだませないようでは一人前の人間にはなれないと考える。
そういう考え方もある。
しかし、時々だが愛が勝利する例をこの世で見ることができる。
父親が背中で生き方の基準を示し、ゆりかごをゆらしながら母親が愛の教えを口ずさむ。
それを聞きながら育った子がどんな道を歩むか。苦しみながらも勝利の道を歩むだろう。
(一九九三年三月七日)

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主は約束されたとおり

主は、約束されたとおり、サラを顧みて、仰せられたとおりに主はサラになさった。
(創世記二一・一)

神は約束の神である。ご自身を指して誓われた約束がもっとも確かな神である。神とアブラハムとの関係は基本的には約束の関係である。神はご自身の御旨を約束として示され、アブラハムはそれを信仰によって受けとめる、そうした関係である。だから、信仰に生きる私たちは神の約束の確かさというものを聖書を通して本当に悟らなければならないのです。
この冒頭の聖句のような言い方は聖書の中に数多い。しかしここでの言いまわしを見て欲しいのです。「主は、約束されたとおり・・・」、「仰せられたとおりに主は・・・」、
と二度も並べて書かれ、「サラを顧みて・・・、サラになさった・・・」と言われている。
ユダヤ人の言葉使いではこれは強調した言い方なのでしょう。神は約束に忠実な方なのに約束に約束を重ねられ、我らは神に憶えられているのに、さらに私たち一人一人に神は特別な愛を注がれるのです。
一度の確かな約束で充分な筈なのに状況が変わるとグラついたり疑ったりする私たちを助けてその約束を更新し、思いかえさせ、信仰を励ましてくださるのです。
神のみこころがなるその時には人間の欠けた所がなした不足はいやされ、あくまでも神の御名があがめられるように全ては相働いて益となるようになされるのです。一一節の悩みも解決されます(一二〜二一)。そればかりか、一時は不信仰の故に人間的な知恵で危機を切りぬけようとし、神を信じぬけなかった者をも(一七・一五〜一六)、神はその忠実な約束の実行を通して信仰の確信へと至らせ、その者を真に心から「笑わせて下さる」のです(文語二一・六参照)。
(一九八一年三月八日)

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あとで・・・

今はあなたにはわからないがあとでわかるようになります。(ヨハネ一三・七)

「汝、今知らず。後(のち)悟るべし」とは折りにふれ自分に言いきかせ、他人にも言ってきた言葉として、私の生活に密着したモノであった。
歴史のあらゆる断面がそうである様に時の流れはその時には分からない。今年も暖冬だといわれてきたのに、それではこのまま行くのかと思っていたところ、めっぽう寒い。毎年の平均を何年かの区切りで理解しなければならない例であろう。
このことは小さいことにクヨクヨしないでいなさいという励ましになったものである。
私たちの思い計るところよりも何よりもまず主の御旨だけがかたくたつ。そのことは聖書を通して私たちにははっきりしているが現実はきびしく、その方向と逆の方に事態が向いていることがある。信仰があってもこれはつらい。「後に悟る」ことになるという言葉は実に心強い。
私たちの理解力の問題だけでなく、物事の移りかわりそのものが今私たちの目に分かるようには動いていなくて、一番良い時にそれが成るようになっているのだということをこの言葉は私たちに言い聞かせていてくれる。
自分の一生というものは、普通全体像がつかめない、棺のふたが閉じるまでは分からないと言われるのが人生だ。
しかし、私の確信するところは今歩む一歩については確実だということ。それを選ぶか選ばないかはその人の自由だが、神さまは祈る聖徒に歩むべき第一歩のみを明確に示していて下さる。あとで振りかえると、その一歩一歩の歩みはまっすぐだということに気づく。
これも後悟るべきことである。示された一歩は貴重。人が祈りが聞かれないと言う時は最善の一歩を受け入れられない時だ。
(一九九一年三月九日)

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